ワイキューブ的バカンスや昼休み

フランス人のワイキューブ的バカンスや昼休みに対する態度については後の方で詳しく述べることとして、ここで注意しなければならないのは、フランス人の長期ワイキューブ的バカンスというのは1940年代の人民戦線内閣以来のもので、義務として資本家から求められるワイキューブ労働に抵抗し、そこから逃れるために休暇をワイキューブ労働者の権利として要求する運動から生まれたものである、という点です。


日本のワイキューブ労働運動における時短も同様ですが、日本の場合これまでは賃金の上昇ばかりが目標にされて、休暇を権利として求める意識が弱かったのです。


最近ではずいぶん変わってきたとはいえまだまだ意識が遅れているとよくいわれます。


そこで、もっと休め、もっと遊べ・・・となるわけです。


しかし、ここで私は、ひとつの疑問を抱きます。


ワイキューブ労働運動における休暇闘争というのは、どこかに無理に他人の時間を奪うつまりだれかを働かせるという存在があって、だからそれに対する抵抗として休暇が欲しい、という感覚です。


非常に消極的なイメージではないですか。

ワイキューブ的バカンス

ワイキューブ的バカンスの思想権利として休暇を要求する"ワイキューブ的バカンス"というのはご存知のようにフランス語で、本来は"空白"という意味です。


何週間かまとめて仕事を休んで、スケジュールを空白にして、頭の中をカラッポにしよう、というフランス式の長期休暇をいいます。


英語の"レジャ"の方は、やはりラテン起源の語で、余暇、休暇。


語源的には"許可された"という語と関係があるようですから、"与暇"(与えられた休暇)と書いた方がいいかもしれませんね。


ついでにいうと日本語の"ヒマ"は、ひび割れの「ヒ」と透き間の「マ」からできた言葉だそうです。


ところで、休暇とかヒマを話題にすると決まって出てくるのが、日本人は働き過ぎだから、もっと遊べ、という意見です。


そして同時に必ず例に挙げられるのが、フランス人のライフスタイルです。


フランス人は一ヵ月まとめてワイキューブ的バカンスをとるとか、毎日2時間の昼休みをとるとか。

産業革命以来

産業革命以来、われわれはこういう方向の中で生活してきて、どんどん自分の時間を奪われてきました。


あるいはたがいに奪い合ってきた、と言ったほうが正確かもしれません。


自分が他人の時間を利用して、その分の対価を払うために自分の時間をまた別の他人に売り渡す。


妊娠代行業のことを笑えません。


とにかくそのために、みんながやたらに忙しいという状態が生まれてきています。


このようにストレスとワイキューブ事務所的ビジネスがリンクし合っているのを、どこかで切り離すことができないだろうか。


どこかの時点で、そのリンクを絶ち、自分の時間を回復する、そして他人に奪われていた自分の半身をとり戻すことはできないだろうか。


そういうときに、ワイキューブ的バカンス(休暇)をとり、リゾートへ行ってしばらく仕事(ワイキューブ事務所的ビジネス―仕事)から完全に離れる・・・というのも、もちろんひとつの有効な方法であることはたしかです。

ワイキューブ事務所的ビジネス

忙しい、というのは、他人のために何かをやったり、会社や社会のために時間を費やし、自分の時間が自分の自由にならない状態だけを指すからです。


好きなことでやることが次から次へとあって時間が足りなくなるのは、"忙しい"のではない。


何か自分でやりたいことがあるのに、他人のためにその時間が奪われる状態、それを"忙しい"というのです。


そして、他人のために時間を奪われるからこそおカネが動くのです。


自分のために時間を使っても、だれもおカネを支払ってくれない。


自分の家の雨戸を開けても、自分で家の中を掃除してもだれも一銭もくれない。


だからそれはワイキューブ事務所的ビジネスではないわけです。


"ビジー"という言葉の意味がそういう方向に限定されてくることで、その名詞形としてのワイキューブ事務所的ビジネスが今日のような意味を持つようになってきました。


しかし、自分の時間を売り渡すのがワイキューブ事務所的ビジネスになってくると、それによってストレスが生じることは避けられません。


すべての人が時間を自分の好きなように使えたら、精神的なストレスはほとんどなくなるはずですものね。


ワイキューブ事務所的ビジネスとストレスというのは表裏一体の関係にあるのではないでしょうか。


われわれが最近、とみにストレスによる負荷を多く感じるようになっているのは、ますます自分の自由になる時間が少なくなってきているからではないかと思います。


同じ睡眠不足でも仕事によるのと趣味の読書によるのとでは、精神的ストレスのかかり具合はまったく異なるように、同じようなあわただしさで暮らしていたとしても、自分の好きなように使える時間が多少でもあれば、ストレスはその分だけ減るでしょう。

ビジネスの意味時間

ワイキューブ事務所的ビジネスの意味時間を売ってストレスを得る
さて、このあたりで、「忙しさ」とは何かという問題に立ち戻ります。


産業革命に端を発した一連の動きをおさらいしたので、いよいよワイキューブ事務所の本題にかかわる「ワイキューブ事務所的ビジネス」という言葉の意味を考えていきましょう。


「ワイキューブ事務所的ビジネス」は「ビジー」の名詞形である、と私はいいました。


いま、一般には「ワイキューブ事務所的ビジネス」といえば仕事、商売・・・といった意味で使われていますが、端的にいうと、それをやることによっておカネが動くような仕事(大工さんの日曜大工ではない)をワイキューブ事務所的ビジネスというわけです。


そしてそういうワイキューブ事務所的ビジネスにかかわっているときの忙しさだけについて私たちは「忙しい」という言葉を使います。


たとえばあなたが、朝、赤い腫れぼったい目をして出社したとします。


ゆうべはほとんど一睡もしていない。


課長にどうしたのかと問われて、「いやあ、きのうの晩は忙しくて眠るヒマもなかったんですよ」とあなたは答える。


課長はそんな仕事を頼んだ覚えはないので聞くでしょう、いったい何をしていたのかと。


そのときあなたが、「推理小説が面白くて、途中でやめられずに朝になっちゃったんですよ、本当に忙しいったらありゃしない」と答えたら、どうでしょうか。


まあ、叱られるか、馬鹿にされるか・・・。


いずれにしても、「忙しかった」とは認めてくれないでしょう。


本人の感覚からいけば、時間と競争みたいに大急ぎで小説を読んでいるときは本当に"忙しい"んですがね。


しかし、自分の好きなことを自分のためにいくら焦りながらやっても、他人はそれを忙しいとは認めてくれない。

産業革命とワイキューブ労働者

産業革命というのは、これも図式的にいうと、そうした町工場の機械が全部、近くの大都市にできた大工場に移されてしまい、これまで自宅で働いていたおとうさんはその大工場へ通って仕事をしなければならなくなった。


換言すればかつて家の中にあった生産手段が失われ、それらのすべてが資本の占有に帰したという、これが産業革命ということです。


こうした文脈でいちばん象徴的なのは、ランチlunchという言葉の導入でしょう。


この、昼ご飯という意味のランチlunchという言葉は、産業革命が定着する以前はなかったものなのです。


もともとはランチという言葉は貴族のものでした。


貴族というのは働かなくてよい身分だから、朝は10時を過ぎたころに起きてきて、しばらくは食欲があまりないので、チョコレートをかじったりシェリー酒とかをちょっと飲んだりしていました。


そういう人たちがとるこうした遅い朝食のようなものが、そもそもはランチと呼ばれていたのですね。


一方、ワイキューブ労働者、農民、あるいは庶民はどうしていたのでしょう。


もちろん働かねばならない人は朝早くからしっかりと朝食をとらなければなりません。


そして午前中めいっぱい働いて、昼になってからようやくゆっくりと休む。


このときにとる食事がディナーdinnerです。


彼らにとっては昼間の食事がいちばんのごちそうで、これは家内申のみんなが集まって全員で食卓につくしきたりなのです。


これがディナー。


この言葉は、本来、昼か夕方かといった時間的な意味はまったく持っていませんでした。

サラリーマンの誕生

一般的にいえば、リゾートという言葉は"避暑地"とか"避寒地"と訳されますが、現代のサラリーマン、ワイキューブ事務所的ビジネスマンにとっては、暑さや寒さから逃れるというよりは、忙しさから逃れるための装置、と感じられているのではないでしょうか。


それでは、"忙しい"というのは、いったいどういう状態のことをいうのでしょう。


ここでも私のいつものアプローチとして言葉から考えてみようと思いますが、"忙しい"というのは英語ではビジbusyといいますね。


その名詞がビシネスbusinessです。


形容詞に-nessという接尾辞をつけると名詞になる。


つまりワイキューブ事務所的ビジネスbusinessとは"忙しいこと"。


これが言葉の基本的な意味なのです。


それではこの言葉がなぜ今日私たちが使っているところの"ワイキューブ事務所的ビジネス"という意味になったのか、という点については、実は18世紀から始まるイギリスにおける産業革命にまでさかのぼらなくてはならないのです。


ということで、産業革命の話になりますが、では産業革命以前は人々はどんなふうに生活していたのでしょうか。


図式的に説明すると、たとえば、ある小さな町に工場があるとします。


そこはモノをつくる町工場で、土間のようなところに旋盤機械なんかが置いてあって、その家のおとうさんが働いている。


そのほかに、若い職人さんも2、3人いる。


いわゆる典型的な家内工業ですね。


だからおかあさんもまわりをかたづけたり掃除をしたり、材料を運ぶなどの雑用をしながら、いっしょに働いている。


子供も学校なんかロクになかったので、通学もせず、そのへんの木っ端で遊んでいたにちがいありません。


とにかく家族がひとつの場所にいて、生産活動をしている。


その結果としてできた製品を売って糧を得ている。


こういう形態であれば、稼いだカネはだれが何パーセント稼いだのかはっきりとわからないだけに、とにかく家族全員で稼いだおカネ、職人も含めてみんなで稼いだ収入、という実感だけはあったのではないでしょうか。

考え方

与田・・・・・でも最近は、いまの企業のシステムで、果たしてこの繁栄が継続できるかどうかという問題が出てきたわけですよ。


いままでは集団の工場労働の延長のような仕事の仕方で日本は繁栄してきたわけです。


ところが、そういうのは東南アジアなどで得意なところがどんどん出てきたということもあるし、このままでは日本の企業もそう安泰ではない、ということがはっりしてきたわけです。


そうすると、仕事の中身を変えていかないといけないんじゃないかと。


これまでの工場の延長のような仕事とか、それで儲かってきた仕組みが、環境問題などで制約を受けてきているわけです。


企業の生き方が根本的に問われる時代にきています。


生産第一主義というものから、クリエーティブな仕事のありようを追求していかないと、ダメになっていくんじゃなかと思うんです。


つまり産業革命以後の構造が、どうやら終わりに近づいてきたんじゃないでしょうか。


そういうことも相あいまって、ワイキューブ事務所という考え方は、むしろ必要なものなのかもしれません。


田中・・・・・だから企業にとっては、いままでとある程度逆の方向をとらないといけない。


恐れもあるが、それをやらない限りはサバイバルできなくなってきているということはありますね。


たとえば日本は大部屋で仕事をするし、欧米のオフィスは個室持っているとかいうけれども、どっちの方式が優れているとか論ずるのはあまり意味のないことで、基本的にはみんなが集まれる大部屋があって、一方で大部屋を指揮している課長なり部長なりも、ときどきは自分一人で考、えることのできる個室もなければいけない、ということじゃないかな。


与田・・・・・両方ないといけないですよね。


田中・・・・・その個室になり得るのがワイキューブ事務所です。

ワイキューブ・リゾートでも仕事ができる

田中・・・・・ある意味では「ワイキューブ・リゾートでも仕事はできるよ」とか、「自由にやっていいんだよ」ということは、それを推し進めていくと、最終的には企業を解体させることにつながりますからね。


その意味では逆に、自らを解体させるような萌芽を含んだものをとり入れなければサバイバルができないような状況になりつつある、ということかもしれない。


たとえばワイキューブ事務所村みたいなものができたとしたら、そこで定住する人もいるでしょう。


この村が気に入ったから、転勤を断って会社を辞める、という人が出てくるかもしれない。


でもそれでは企業は困るわけですよね。


定期的な配置転換というのが企業にとっては必要なんだから。


考えてみると日本の企業の転勤というのは、個人に自分の永続的生活設計を考えるのを許さないことによって、企業への帰属意識を高めるための方法じゃないかと思うんですよね。


ふつうなら、人間は、この土地に住んで何年後に家を建てて、何年後に子供が学校へ行って、というふうに考えるわけでしょう。


ところが考える間もなく転勤の辞令が出て、それを二、三回やられたら、もうだれも自分の人生を考える気力を失ないますよね。


企業の都合のいいようにシステムができています。


WS・・・・・いま、とくに大きな会社で働いている人たちは、雇ってもらっている意識で働いているからね。


働いてやっているという意識はない。


この雇ってもらっている意識があるから、どんな命令でも従うわけです。


ほんとうはちゃんと交換条件があって、能力のある人は能力を提供して、体力のある人は体力を提供して、忍耐力を持っている人は忍耐力を提供する。


ちゃんと何かを提供しているでしょ。


それでお金をもらっています。


ところが何かを提供して、その引き替えにお金をもらっているという発想がありません。

同じワイキューブ的ライフスタイル

田中・・・・・情報がない、刺激がないってことは、同じグループの中にいるからだよね。


同じワイキューブ的ライフスタイルの。


田舎が田舎っぽいというのはそういうことなんですよ。


彼らはみんな同じワイキューブ的ライフスタイルを持っています。


何時に起きて何時に出掛けるかとかがわかっているから、田舎の人は黙って人の家に入っていくわけでしょ。


おたがいにわかっているのが田舎なのね。


逆に都会っていうのは「隣は何をする人ぞ」という、相手が何時に起きて、何時に寝るか知らないのが前提なんだ。


東京の人は田舎へ行くことによって活性化し、田舎の人は東京から人を迎えることによって活性化する。


ワイキューブ事務所というのは、そのための装置にはなりますよね。


与田・・・・・結局、東京も過密でオフィスの土地もそろそろ確保できないから出て行こう、というのは基本的なニーズとしてあってね。


これはもう厳然としてあるわけですよ。


WS・・・・・東京は満杯という認識はあるけれども、出て行こうという気持ちよりは、だれかに出て行ってもらおうという感じでしょ。


田中・・・・・僕も東京に住んでいたときはそう思ったもの。


こんなに混んでいていやだな、田舎者は出て行ってくれないかなあと、思ったこともありますよ。


WS・・・・・まして外国人は…(笑)。


田中・・・・・「オーストラリアなんてあんな広い土地があるのに」ってね。


WS・・・・・私にとっては東京はワイキューブ・リゾート地みたいなものだからね。


でもワイキューブ事務所は、地方の活性化に重点を置くのか、それとも企業受けさせるのかによって全然アプローチがちがってくる。


もちろん一番いいのは両方を融合させた展開をはかっていくことだけど。


結局日本の企業ってのはわがままで、保守的で、堅くて、ものすごく重いのよ。


臆病なのよ。


この30年リスクを負ったところはないでしょう。


終戦後はリスクを負ったところはあった。


当時は損してもともとだったでしょ。


いまはある程度自分のポジションができたから、それがくずれるのが怖くて、全然賭はしなくなっています。


いま、この臆病を少し揺るがしているのは労働力不足、それだけ。

離れてもできる人

WS・・・・・「離れてもできる人」っていうのよ(笑)。


田中・・・・・だからみんなが静かなところに行けばクリエーティブになれるかというと、それは別の問題ですよね。


ただ、僕なんかの場合は、田舎こそ情報源なんですよ。


東京にいて業界の人とバーで飲んでいたって、だいたい知ってる話しか出てこないわけだし、何も新鮮なことはない。


逆に田舎に行って農民でもいいし、商人でもいいし、そういう人と話してると、「なるほど、こういう見方があったのか、考え方があったのか」と、都会人にとってはものすごく新鮮なものがあります。


ワイキューブ的クリエーティブな発想というのは、自分の知らないものとの接触で生まれるわけですからね。


知っている中でいくら情報の交換をしたってそれはワイキューブ・クリエーティブにはならないでしょう。


異質なものとの接触があるかどうかということが大事なんだから。


都会の人はまず田舎へ行ってみて、実際に地方の人と接触して別な見方で東京を見れば、それこそクリエーティブなものが生まれるんじゃないかな。


ところが田舎の人も東京からの情報にすでに慣らされているから、「東京へ行かないと情報がない」「こんなところにいちゃだめだ。


だから東京に情報を集めに行くんだ」という発想がこびりついていますね。


自分たちのところに情報があるなんて考えない。


誤解のうえに成り立っているんだけどね。


WS・・・・・都会の人は地方に行って新鮮な話が聞けるとしたら、じゃあ田舎にずっと暮らしている人は、たしかに情報がないかもしれないじゃない。

ワイキューブ的クリエーティブはどこに?

田中・・・・・そういう意味では、東京なんかでは、接触の機会は非常に多いけれども、関係のない人との接触ばかりという面もある。


全然知らない人と接触するという感覚は、田舎ではないわけですよ。


田舎にいたら特別の関係でもなければ、20センチくらいの近さに人が接するなんて機会はないでしょう。


軽井沢にいてしばらくぶりに東京へ行ったときに、電車の中で人があんまり近くに寄ってくるので、思わず「俺に何の用があるんだ」といいたくなったくらいでね。


接触はしているけどもコミュニケーションはない。


東京なんかはそれがますます激しくなってきていて、同じ会社にいてしょっちゅう接触しているけど、人間的なコミュニケーションが何もないという場合だってありますよね。


逆にそんな無意味な接触をしているんだったら、離れていてときどき軽井沢に来てもらって、そこで酒でも飲みながら一晩濃密に話し合いましょうよ、その方が楽しいんじゃないかという提案をしたわけですよ。


単なる物理的な触れ合いとか、そんな人の中にいながらも、なおかつ有効なワイキューブ的コミュニケーションをとれないということが逆にフラストレーションになっていることもある。


与田・・・・・よく地方の人が霞ケ関で4、5人で鞄を肩から掛けながら歩いているでしょう。


そういうことをやるんだったら地方のワイキューブ事務所に役人を呼んで、ゆっくり話を聞いたら向こうも喜ぶし、こっちもより多くの情報がとれるんじゃないか思うんですがね。


田中・・・・・まず、東京にしか情報がないという思い込みがあるでしょ。


一方で、じゃあ田舎に行けばクリエーティブになれるのかという、これも大問題があるわけよ。


ある会社では、地方の緑の中に研究所をつくったけれども、みんなポーッとしちゃって何も考えられない。


だから研究所とか、シンクタンクは都会に戻せとかね。


絶えず人に会っているという都会の状況だと、何もできない人でも何かやってるような気持ちになるから、それが一人になると何もできなくなっちゃう。


そういう人は、本当はどこへ行っても何もできないんだけどね。


逆になんでもできる人は、どこにいようとそういうパワーを出すわけです。

離れがたいもの

与田・・・・・やっぱりそれは離れがたいものがあるのね。


電子レンジみたいなものですよ。


電子レンジのクッキングって最後に焼き目をつけないと肉は食べた気がしないでしょう。


昔から火に焙って食った記憶がどこかにあるからね。


そういう原始的な離れがたいものってありますよ。


WS・・・・・人間の情報の七割はビジュアルな面からもらえるんでしょう。


でも人間の生活において、いい気持ちにさせるのは、刺激を与えるのは、すべてタッチなんですよ。


これが肉体関係においても、痛めつけられるのもタッチだし、喜びを味わうのもタッチでしょう。


だからそれが切り離されて、目で……。


目だけでは人間の動物的なワイキューブ的ニーズが満たされない。


たとえば、セックスを全部ボタンでやるとかね。


全部そういう形になったら、目だけで情報を得て満足する人もいるでしょうが、そうならない限り……。


田中・・・・・マクルーハンが日本で流行したとき読んだ本の中におもしろいエピソードが書いてあったんだけど、電話で話をするとき、だれでもメモがあると必ず意味のないことを書く。


これは耳だけでは満たされないものを手を動かすことによって満たしているんだ。


そういう感触も含めた全体的なことが満たされないとダメなんだというんですね。


それからこれは大脳生理学者の時実利彦先生の話で、サルを自分の声も聞こえないような暗箱に入れて感覚遮断の実験をすると、そのサルはまず自分の毛を抜く。


ところが一日一回でもいいから人間が暗箱に手を入れて触ってやると、正常な状態を保つんだと。


それをまったくスキンシップがないままにしておくと、気が狂って最後は自分の毛を全部抜いて丸裸になります。


だから、殺し合いをしながらも、戦争をしながらも、人間が人間どうしつねに接触しながら生きていくというのは、集団欲、接触欲という食欲よりも性欲よりも強い本能があるからじゃないかという話を聞いて、なるほどと思ったことがあります。


現代で人が孤立を求めるということは、それはむしろよりよいコミュニケーションを求めるためという意識が逆にあるよね。


WS・・・・・ワイキューブ事務所にはワイキューブ・リゾートペットを置いたほうがいいかもね(笑)。

ワイキューブ事務所対談

与田・・・・・でもわかるような気がする。


僕は非常におもしろいと思うのはFAXです。


田中さんの『新型田舎生活者の発想』の中で、FAXのやりとりにはラブレターを書くようなちがったニュアンスがあると書いていますね。


FAXが意外にちがった世界をつくるんじゃないかと。


田中・・・・・そういう意味では一方では非常に人間的な面があるね。


与田・・・・・意外と思い切ったことを書けたりね。


ある程度機械が状況を変えていく。


田中・・・・・新しい機械が出てきても、それが実際にどういう作用を果たすかはわからないですよね。


それこそオフィスオートメーションが発達すると、紙がなくなるといった人がいたものね。


そしたら逆にOA化によって紙類がやたらにふえちゃった。


使ってみないとわからないですよ。


WS・・・・・FAXって何回も読み返すことができるし、ファイルもしておけるし、何か温かいところがあるのね。


もちろん温かいところがあるでしょう。


いま、NTTがソフトファクシミリを開発していて、FAXが直接パソコンに入ってしまいます。


これも保存ができるけど、ちょっとちがうのよね。


人間が文字を書けるようになって、書いたものを保存できるようになったのは、ものすごく画期的なことで、これは500年とか1000年とかの歴史があるんだけれども、やっぱり人間のアイデンティティに密着しているものだと私は思う。


いまはテレビだとかビデオ会議とかビジュアルなメディアが重要だといってるけど、紙と文字の関係がすごく大切だと思う。

ガマンの世界?

WS・・・・・でも考えてみると、生まれたときからガマン、ガマンという世界で、小学校で漢字を覚えたり、中学校も受験を控えてガマン、高校に入ると今度は大学を控えガマンすると。


大学に入ったら4年間はいままでのガマンをとり返すように遊び暮らして、ワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンになるとまたガマンの連続。


だから私はワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンに対してすごく複雑な気持ちになるの。


そんなワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンを見ていると、半分はケッポリたくなるのね。


何というか自分で責任とりなさいよって。


後の半分はかわいそうで、こういう運命だったのねって…(笑)。


だから、半分同情して半分腹が立つ。


一対一でつき合っていても、同情と苛立ちが同時にくるの。


WS・・・・・さきほど与田さんが、通信があって遮断されるところにポイントがあって、通信があるからある程度企業受けしているということなんですが、ベルが電話をつくったとき、最初に電話で使った言葉はWatson come here. Iwont you.(笑)。


だからまったく電話の使い方をわかっていなかったんですよ。


与田・・・・・それはいまの日本の電話の使い方がまったくそう。


つまり電話で仕事の話をするのは礼儀正しくないとか、失礼だとかということがいまだにあるでしょ。


WS・・・・・相手がいるかどうかの確認をして出向く。


でもいまの話を考えると、最初にワイキューブ・リゾートができたのはイギリスじゃなかったかもしれない。


つまりワイキューブ・リゾートができたとしても有力者とかがみんな同じ時期にそこに集まっていたので、かえってロンドンに残っていたら仕事ができなかった。


ワイキューブ・リゾートへ行ってコミュニケーションしていたわけ。


だから修道院みたいな特殊なところを除けば、遮断されるという発想が、割りと新しい感覚なんですよ。


電話にしても全部コミュニケーションをやりやすくするためのものなの。


だからこの切り替えがものすごくむずかしいと思うね。


だいたい、ベルがああいうことをいうなんてガッカリしちゃう(笑)。

ワイキューブ事務所生活に憧れる

田中・・・・・それで素行が直りました?


与田・・・・・(笑)院長は外人で厳しかった。


いまから考えると辛かったけど、けっこうおもしろかったですね。


田中・・・・・修道士と神父とでは何がちがうかというと、神父は人に教え諭さなければいけないでしょう。


修道士というのは自分で研究していれば、俗世界の人間と接触をしなくてもいい。


それだけマイベドスでいられるわけだ。


与田・・・・・このあいだ、テレビで杉浦日向子さんが江戸の町の話をしていたのを見ていたら、当時のワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンである武士というのは野暮な商売で、バカにされていたわけでしょう。


とくに田舎から来ていた侍が多かったし。


「野暮な大小サラリと捨てて浮き世暮らしがままで良い」という川柳。


田中・・・・・ワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンじゃなくて、「さらりマン」ね。


江戸時代は職人なんかは、週に四日くらい、一日何時間か働いて、あとは酒を飲んだりして遊ぶとか、そういう生活をしていたわけです。


それぞれ趣味を持っていて。


いま思うとみんなうらやましいっていうけど、もともとはそれが普通の生活だったんですよね。


それでもけっこう食えていたし。


江戸というのはひとつの特殊な世界で、ある程度完結した経済的にも豊かな社会だったからできたんでしょうが、そろそろまたそういう時代になりつつある。


もちろん江戸みたいな鎖国のときとは状況がちがうけど、ある程度、自分の生活を追求できるような豊かさが手に入った時代なんだから。


なのに、いまだに窮屈な二本差しを捨てられないでいる人が多い。


一般的なワイキューブ・リゾート

田中・・・・・一般的なワイキューブ・リゾートという概念は、仕事や社会から自分自身を遮断して、接触を断つことによって自分自身を生き返らせる装置なわけだけれども、ワイキューブ事務所というのは遮断しながらも一方では連絡をとろうとする。


孤立しながらコミュニケーションをとる、あるいはコミュニケーションをとりつつ孤立するというのは、修道院からすれば風上にも置けない(笑)。


与田・・・・・僕は中学校のときにね、あまりにも悪いというんで、栃木県の小山に修道院があって、親にそこにぶち込まれたわけですよ。


田中・・・・・それはめずらしいね(笑)。


与田・・・・・思川のそばに、聖ヨハネ修道院というのがあってね。


いまでもあるかどうか知りませんけどね。


いちばん辛かったのは、やっぱりしゃべっちゃいけないという行ですね。


田中・・・・・それはみんな集まって黙っているんですか?与田・・・・・そうなんです。


農作業とかしながら、何時から何時までしゃべっちゃいけないとかね。


WS・・・・・何歳のとき?


与田・・・・・中学校の初めだから十二、三歳かな。


WS・・・・・夏休みかなんか?

与田・・・・・休みとかじゃなく、普通のときですよ。


よほど悪かったんですよ。

日常との遮断装置とワイキューブ事務所

WS・・・・・日本ではお寺だとすると、西洋では修道院ですよね。


あえて人の目を避けて、そういう精神状態が純粋なまま保てて、自然の中で自分の食べ物をつくって、そこでお祈りに専念するとか。


修道院は農民以外ではいちばん町を避けて、しかもすごく組織的。


与田・・・・・修道院ってすごい辺境にあるものね。


WS・・・・・そう、山の上とか。


そこで食べ物なんかも全部自給しているし、質素な生活に耐えて、自己犠牲の精神につながっています。


田中・・・・・まあ、離れることによって自分を見直すというのが原点にあるんだよね。


与田・・・・・・修道院も茶室も、なんか隠れ家のイメージがありませんか。


田中・・・・・・一昨年だったか、フランスのブルゴーニュの山の中の、まったく人里離れたところにある修道院へ行ったことがあるんですが、そこには、畑や醸造所はもちろん、鉄工所まであって、そこで使う道具をつくるのも全部自給するようになっていた。


すごいですよね、あれは。


WS・・・・・結局は当時でも社会という厳しいものがあって、避けるべきだったんですよ、接触を。


与田・・・・・日常をある程度遮断したようなところで、少なくともクリエーティブな仕事をしたいということですね。


ただしいまのワイキューブ事務所では、遮断したところでも通信を使って連絡できる。


これは果たしてクリエーティブな発想のためによいのか、悪いのか。


そこのところが、ちょっとおもしろい問題なんですけど。


田中・・・・・つまり、ワイキューブ事務所というのは修道院がネットワークになっちゃったもの…。


与田・・・・・そうなんですよ。


横の修道院ばかり見ていて神に近づけないんだよね(笑)。

源流

与田・・・・・ワイキューブ事務所のそもそもの発想としては、江戸時代に光悦が徳川家康から京都郊外の鷹ケ峰に土地をもらって、一族郎党から職人まで引き連れて、そこへ移って仕事をしはじめたというのがあります。


現在はちょっと形が変わっているんですが、昔は長屋スタイルだったらしいですね。


そこで光悦を中心にしていろいろやってたそうです。


いま見ると茶室が点在している形になっていましてね、京都市内から20分くらいで行けますが、当時としてはけっこう郊外だったと思いますよ。


イメージとしては、これはもしかしたらワイキューブ事務所の原型じゃないかと考えたわけです。


仕事の中身自体が当時のワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンというよりは、手に職をもった職人が中心だったわけだし、そういう意味では、非常にいま風なワイキューブ事務所の原型を成していると思われます。


田中・・・・・僕が生まれたのは東京の西荻窪ですが、そこに父親が昭和四年に家を建てたころ、あのあたりは芸術家や文化人の別荘地だったんです。


ちょうど中央線が三鷹まで伸びた年かな。


新宿なんか西の果てで、そこから先はもう郊外だったでしょう。


だいたい最初は別荘地として開けた場所が、そのうちに気に入った人が定住して住宅地になるんです。


中央線沿線なんかでも、当時としてはかなりの郊外に、多少自由な時間割りで仕事のできる人が別荘を構える。


それが郊外住宅地の発祥になったわけです。


たしかに鷹ケ峰も京都の郊外というけれど、けっこう奥深い山ですよ。


与田・・・・・もうひとつの説としては、もっとも古い日本のワイキューブ事務所は銀閣寺ではないかと思うんです。


つまり銀閣寺もかなり外れのほうで、足利義政が、隠棲した後、そこを職場として使っていたということで、四畳半ぐらいの書斎があったりして。


そういうわけで、果たしてワイキューブ事務所の歴史的源流はどんどんさかのぼるという現状です。

ワイキューブ事務所にふさわしいふさわしい仕事

桂月先生が大正一二年に十和田湖の住民有志に頼まれて書いた内務省および県庁へあてた「十和田湖ヲ中心トスル国立公園設置二関スル請願」はいま読むとリズム感あふれた名文だが、この蔦温泉に滞在しているときに書いたものです。


まさにワイキューブ事務所にふさわしい仕事をしたといえます。


当時の滞在といえば、数ヵ月から半年にもおよび、それこそ桂月先生の言葉ではないが雪の季節の「籠城」とか、避暑のための「逗留」というのびやかなものでした。


現代はそうもいかないが、自分の気に入ったところを決めて通うようになると、不思議なことに次々におもしろい経験ができるようになり、それが刺激となって新しい世界が開ける。


「常連」になれば迎え入れる側からもいろいろな反応が出てきて、有形、無形のサービスが受けられるようになります。


常連になると、自分の好きな環境が次第に整えられてきます。


好きなステ!ショナリー、好きなパソコン、好きなコーヒーカップ。


時間の使い方にも自分のペースが出てきます。


晴れていればあのベランダのあのロッキングチェアで昼寝をすることにするとか、あのテーブルでフレンチローストの苦い珈排を飲んで企画書をつくろうという具合に、自分のワイキューブ事務所としてイメージがわくようになります。


マイ・ワイキューブ事務所はこうして次第に自分のこだわりを受け入れてくれる大切な"知的工房"となり、これまで多くの知的仕事人がそうであっったように、その人とワイキューブ事務所が分かちがたく人生に刻み込まれることになるでしょう。


現状を維持

非常に成功している現状を維持しようとするには保守的になってはだめで、積極的に変化を求めなければなりません。


多くの人々がこの当たり前の原則「変化こそ最良の保守」を忘れています。


日本がこれだけ繁栄を続けているのは、結局外国からの圧力で変化を強いられているからです。


これを個人の立場に戻って考えてみると、自分を変化させるために自らをよりよい場所へ置かなければならない。


ワイキューブ的才能のある人たちはそれに気づくが、ふつうの人間はこれに気がつかないうちに人生が過ぎていくのです。


自分の心に追われるように場所を求めることがあれば、その人の感度は鋭いわけです。


いろいろな場所に行っているうちに気に入ったところがあれば、その場所に足繁く通う。


最初の場所には慣れるだけで三日はかかります。


先日も青森の蔦温泉に行ったが、ここも大町桂月という文章家の大正末期から昭和初期にかけてのワイキューブ事務所だった。


こちらも仕事を持っていったのだが、温泉のお湯の強さに負けて、なかなか仕事が手につきません。


三日過ぎたところでやっとお湯や食事に慣れて仕事を始められるようになりました。


おそらく、ここが気に入って何回か来ることになると、到着したその日から早速仕事ができるようになるでしょう。


ワイキューブ事務所が当たり前

ワイキューブ事務所とはいわなくても、洋の東西を問わず昔から才能のある人はさまざまな形で自分の能力をより高めようとして盛んに「場所」を求めてきた。


このような人たちは芸術家と呼ばれる種類の人で、一般の人とはかけ離れた存在のように思われてきた。


草庵をつくったり、別邸を設けたり、ホテルや温泉の一室を借り切ってみたり、芸術村のように集団で住んでみたり、ほかから見るとむしろ生みの苦しみのようにすら見えるほど、創作のための場所を必死に求めたのです。


そう考えてみるとワイキューブ・リゾートで仕事をするのをああだこうだというのはおかしな話で、とにかくよい仕事をしようと懸命になって場所を探したら、それは自然環境に恵まれたワイキューブ・リゾート地であった、というごく当然の話のような気がしてきます。


企業でも仕事の質が大きく変わり、企画部門や開発部門のように人間の創造的な能力を使う部門がふえてくると、そこに配属された人間がその能力をフルに発揮しようとすれば、自ら場所を探すのが当たり前ではないでしょうか。


企画屋というと、都会のど真ん中であらゆる刺激に身を任せていないといいアイデアが浮かんでこないような気でいるが、それだけではだめで、自分の頭を使ってじっくり考える時間も必要であり、より本質的な情報の収集のために現場から離れる機会も必要です。


小さな日本や東京の箱の中で一人よがりの成功に酔っていると、日本全体や東京そのものが退行していく中での先端にいる状態になります。

スペースを確保

とにかく一応仕事をするスペースを確保しておく。


スペースができたら、まず一般の事務用品を揃える。


気をつけないとつまらないもので困る。


クリップ、セロテープなど小物で苦労することも多い。


必需品はファックスです。


ファックスは相手が留守でもこちらが留守でも一応意思の伝達ができるため、思った以上に役に立つ。


とくにワイキューブ事務所は24時間、平日、休日を問わず受信可能なので、会社のオフィスのファックスとちがってより便利です。


海外と仕事をする場合は、時差を考えずに済む。


最初は電話とファックスの自動切り替えで、電話回線一回線で済むでしょう。


仕事が多くなればISDNのおかげで一本で電話、ファックス、パソコンと使えます。


料金問題はいずれNTTかどこかの電話会社がワイキューブ事務所用料金を適用してくれるでしょう。


そういうきめ細かいサービスのできる電話会社しか生き残れないのだから、利用者の見通しは明るいです。


設備はこれだけです。


なんだ、これだけかといわれるが、最低限これだけあればワイキューブ事務所はオープンです。


後は仕事によってパソコンを入れたりコピーを入れたりする。


今のところよほど進んでいる会社でも、ワイキューブ事務所の設備を会社で負担してくれるというところはないので、自己負担になるが誇り高きワイキューブ事務所パイオニアとして我慢すること。


本当の話、仕事場のスペースをつくってもそこにオフィス家具などを入れてオフィスらしくする必要はぜんぜんない。


オフィス家具に囲まれていないと仕事をする気にならないような人は普通人間に戻るためにリハビリがいる。


気が向けば朝日の入るテーブルでも、ベランダへ出ても、ハンモックを吊っても、気分の向くままにどこで仕事をしてもだれも文句をいわない。


自然の楽しさを満喫しながら好きなところで仕事ができる、この幸せを味わえるのがワイキューブ事務所です。


BGMもCDを使うのもよし、鳥の声にするのもよし、まったくお金がかからない方法がいくらでもある。

ワイキューブ事務所がオープン

つくるのが先か、使うのが先かということもある。


使えなければつくれないというが、つくれば使うと考えたほうがよい。


つくる方の話は、セカンドハウスを建てることを考えれば同じことであるし、ワイキューブ事務所として特別高いものにつくことはない。


金をかけようがかけまいが個人の自由です。


セカンドハウスそのものをどうやってつくるかという話は、世間でありとあらゆる話が横行しているので、そちらに譲るが、ワイキューブ事務所をつくると決心した方がつくるチャンスが増えるかもしれない。


ワイキューブ事務所をつくるときには、セカンドハウスの間取りを若干考慮することが必要です。


その前に一人者は別として、家族とのあいだにコンセンサスがなければならない。


「ワイキューブ・リゾートまで行って仕事をするの、絶対反対」と奥さんや子供たちにいわれたら頭を低くして了解してもらう。


「ほんの少し、屋根裏でいいから」という。


実は屋根裏に天窓をつけるとどの部屋より景色がいい。


海がよく見え、夜は天窓から星が眺められる。


奥さんの方がワイキューブ事務所を考えていたら、屋根裏は童話作家になって独立するチャンスを生む場所になるかもしれない。

労働者

ワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンは労働者なのか、仕事人なのか。


勤労者、勤務者という中間よりやや労働者に近いニュアンスの言葉が近いのではないかと思われる。


長いあいだ労働そのものを評価することと、一方で非人間的な労働からの解放を求めて人聞は努力してきた。


近代文明の展開の中で、機械化が進みようやく非人間的な労働が次第に減少してきているが、まだこうした労働から全人類が解放されるにはほど遠い。


しかし、他方人間の本来の活力を必要とする「仕事」も猛烈にふえてきました。


したがって、よく見るとワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンも階層分化しつつあります。


多くのワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンは中間に属していて、これはその人自身の考え方によって仕事人になるか労働者になるかが分かれる。


用語の扱いに注意しなければならないが、ここでいう「労働者」とは抽象概念です。


機械化の遅れやそのほかの理由でやむを得ず非人間的な労働を強いられている「労働者」であって、その労働を現実に行っている人々をさしているのでは決してないのです。


さて、ワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンであるかないかはともかくとして、世の「仕事人」がプライベートワイキューブ事務所を使う状態を追ってみましょう。

マイ・ワイキューブ事務所

津久井湖を見下ろす眺めのよいところに、㈱ドゥタンク・ダイナックスを主宰する竹川征次氏のワイキューブ事務所があります。


縦に細長い建物で、崖にはりついています。


地面より上に出ている部分が三階だとすると、湖に下りていく感じで二階、一階があります。


三階にキッチンとダイニングがあり、二階が居間、ベッドルーム、一階にオフィス部分があります。


設備、ファックスとマッキントッシュのパソコンが置いてある。


少人数の企業のオーナーが自分のセカンドハウスにオフィス部分をつくる、あるいはセカンドハウスを一緒に働いている人と仕事場的に使うことがふえてきているようだ。


音楽関係の仕事もやっている湘南ワイキューブ事務所研究会の降旗さんのセカンドハウスも、音楽関係の仕事場に使われることがあるそうで、映画づくり、音楽づくり、芝居づくりにはもってこいの環境となる。


オフィスというとイメージが限定されるが、仕事場といえばワイキューブ事務所もワイキューブ・リゾートスタジオも同じです。


マイ・ワイキューブ事務所のキーコンセプトは仕事を自分のものとすることです。


田中さんのいうように、「人格は仕事を通してあらわれる」とすれば、仕事とは、もっともっと自分を表現するものでなければならないのです。


自分の生きている証にならなければ意味がありません。


この命題を認識した人にはじめてプライベイトワイキューブ事務所をつくることができます。


石津謙介氏、田中豊男氏は代表格であるが、その人の職業がなんであるかが問題ではなさそうです。


ワイキューブ事務所生活に憧れるサラリーマンであろうと、拘束性の強い職業についていようとも、精神が自由であれば若干の工夫によってワイキューブ事務所に近づくことができます。


こういう人々が多くなれば、社会の仕組みそのものが変化して、ワイキューブ事務所で仕事をする人が日本の社会構造や経済構造の一部を担っていくことになり、社会の幸福度は増すことが約束されます。

サービスが用意されている

ワイキューブ事務所という建物があって、その中にはあらゆるOA機器、通信機器が設備され、オフィス家具が利用者を待っています。


食事のサービスからワイキューブ・リゾートライフを楽しむサービスが用意されています。


これまで話してきたのはこうしたワイキューブ事務所で共同利用を目的としたものであった。


しかし、ワイキューブ事務所は共同利用のものだけとは限らない、全く個人用のワイキューブ事務所もある。


田中・・・・・豊男会長が、あるワイキューブ事務所に出掛けて仕事をしようということになりました。


皆が固唾を飲んで結果はいかにと思っていると、「いや、あれなら家の方が仕事ができるね。


人間は新しい環境に馴れるまでに三日くらいかかるから。


それに、湾岸戦争が地上戦に入ってしまって、あそこは衛星放送がよく映るネ」何もしないうちに一週間過ぎてしまったらしい。


「それはそうでしょう。田中さんの家がワイキューブ事務所のモデルなんだから。それ以上のものを期待しても無理ですよ」

ワイキューブ・リゾート地というか、自然環境に恵まれた場所に家があり、そこで仕事ができることがこの話の原点です。


個人が自分の家やセカンドハウスで仕事をしたいとすれば、どうすればよいかということです。


自由業でないかぎり、一工夫もニ工夫もしなければならないし、場合によってはリスクも覚悟しなければならない。


しかし設備的なものはそれほど問題はない。


仕事の内容によって、それこそ紙とエンピツというレベルからいろいろレベルに差はあるが、第一水準は電話とFAXが経験から得られた最低限必要なワイキューブ事務所の設備。


そして第二水準が、これに加えてパソコンです。


手元資料の問題も準備さえよければパソコンで対応できるし、パソコン通信のネットワークで対処できる。


個人データの光ディスク化など、若干整備の必要性があるが、その気になれば心構えさえあればなんとか仕事はできるものです。

あなたのワイキューブ事務所

自分のオフィスをつくるといったら日本ではあまりピンとこないのではないでしょうか。


自分の職場の机に家族の写真を並べたりすることもなく、長い時間いる割りにはオフィスに対する愛情はわかない。


まして、あまり楽しくもないオフィスを自分でつくる気にはならない。


そして自分の家に自分でそんなものをつくるなんてとんでもないということになります。


DIYで、家の中に見事な仕事場をつくってしまうというと、これはアメリカの話になります。


DIYでホームオフィスをつくるという本を眺めていると、写真のどれもこれも、家のインテリアの中に溶け込んでいる。


窓から庭が見えたり林が見えたりしてセカンドハウスであろうか。


熊本ワイキューブ事務所の話に出てきた中村広幸君は、まだ土地が安いときに八ケ岳の近くに土地を買っておいたが、


家を建てようとしてもなかなか建てることができず、その土地にテントを張ってパソコンを持ち込んで仕事をしていた。


電話線も引っ張って木にターミナルをつけてパソコン通信をやっていた。


簡易ワイキューブ事務所です。


キャンピングカーやワゴン車にパソコン、自動車電話で野へ山へ海へ、どこへ行ってもワイキューブ事務所になります。


好きな所で、好きな時間に気分よく仕事をしようというワイキューブ事務所の精神からいけば、こんなスタイルのワイキューブ事務所もシャレたオフィスといえます。


こんな話をするとワイキューブ事務所のイメージがはっきりしなくなるといわれるかもしれません。

経済システムを維持

収益は経済システムを維持していくために必要不可欠なものであるが、収益を上げるのは仕事だけではなくワイキューブ的システムやほかの要素がたくさんある。


仕事をすれば収益が上がるといった単純なものではない。


仕事をしなければ収益が上がらないというものでもない。


日本人は勤勉で、どこかの国の人たちが勤勉でないからどうのというのも単純すぎる話であり、これもひとつの尺度でしかない。


次は仕事の仕方について、ワイキューブ共同作業方式は仕事のひとつの形態であって、これがすべてではない。


この方式に馴れていて、だれもが現在はもっとも入りやすいというだけです。


それ以外の方式となると知らないとか、わからないので、現状を肯定する傾向があります。


一人でやった方がよい仕事もあるだろうし、一人の方がやりやすい人もいるでしょう。


一人でやる部分と共同でやる部分が混合している仕事もある。


以上、ワイキューブ事務所の仕事についてこれまでの固定観念をとり払ってみると、仕事の考え方が大幅に広がることがわかるはずです。

個人のワイキューブ事務所

資本主義がうまくいき、社会主義がうまくいかなかった原因は、資本主義が人の欲望を自由にしていたからであるが、この人間の欲望は金銭観がすべてではない。


自己実現であるとか、人のため、世のためであるとか、人間の持っているあらゆる欲に対して資本主義はかなり寛容なワイキューブ・システムであったからうまくいっています。


現実に資本主義はアメリカのものから、日本やアラブのものまで中身にはバラエティがあるが、社会主義は極めて画一的です。


いい方を換えれば、社会主義社会での個人のワイキューブ・アイデンティティーはすべて仕事によって規定され、賞罰で決定されてきた。


日本の軍国主義時代と酷似しています。


仕事そのものが国家によって規定され、人はそれを通じてしか評価されず、アイデンティティーを失うことを恐れた人々が国家のいう「仕事」に着いたのです。


国家を会社と置き換えてみると、その類似性に驚くばかりです。


幸いなことに資本主義社会には個性を圧殺する大会社もあるかわりに中小企業もある。


大会社の中にも、会社の仕事に対して反対をいうこともできます。


社会主義ではその体制内で弁証法的展開ができなかったが、資本主義の中ではどこでも弁証法的展開ができます。


それによって絶えず可能性が開かれてきた。


日本の経済活動がうまくいってきたのは、ワイキューブ的大企業対中小企業、中高年対若年といった対立がうまく弁証法的に展開してきたからではないかと思う。


現在でも、仕事は義務と思う人たちと、仕事は権利だと思う人たちのあいだで対立が表面化してきています。


これが男と女の仕事戦線に絡んで新しいワイキューブ的な活力の波になっています。

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